ホーム > 事務所沿革
| 昭和21年 | 当事務所創設者である野田純生弁護士は、昭和21年に戦後初の第1回司法試験に合格した後、民間企業の法務部にて5年間勤務致します。 |
| 昭和29年 | 第6期の司法修習を経て、昭和29年4月から「松本正雄法律事務所(現・丸の内総合法律事務所)」に所属致します。 松本正雄弁護士はその後最高裁判所裁判官に任命されますが、野田純生弁護士は松本正雄弁護士の最高裁判所判事退官後の昭和51年まで、22年間同事務所に在籍し、同事務所の発展に寄与致します。この間、財閥再編に伴う企業の統廃合、各種企業間訴訟、商標・商号事件や株主総会関連事件、会社更生申立事件など多岐にわたる企業法務を手掛けます。 |
| 昭和51年 | 野田純生弁護士が丸の内総合法律事務所を辞して、「野田純生法律事務所」を開設致します。 企業法務弁護士としての一般的実務の他に、企業の監査役や取締役に就任し、社外役員として、企業の運営に関与するようになります。 川崎達也弁護士(平成21年度第二東京弁護士会会長)が当事務所初代アソシエイト弁護士として入所致します。 |
| 昭和57年 | 前国土交通大臣の谷垣禎一氏が弁護士として入所致します。 次第に弁護士の数も増加し、中規模事務所に発展して参ります。 |
| 平成5年 | 野田雅生弁護士が入所致します。 野田雅生弁護士は、司法試験合格後、渉外業務も重要な業務とする「林田・柏木・田澤法律事務所」にて弁護士生活をスタートしました。平成3年から平成5年まではアメリカ合衆国州立ジョージア大学ロースクールに留学し、LL.Mを取得致しました。 |
| 平成7年 | 野田謙二弁護士が入所いたします。 野田謙二弁護士は、「中島経営法律事務所」の初代アソシエイトとして、中島茂弁護士のもとで敵対的M&A、荒れる株主総会、証券トラブル等の国内企業法務に従事致しました。 |
| 平成7年 | 事務所名を「野田総合法律事務所」に変更致します。 これを機に経営形態を共同経営のパートナー事務所に変更致します。 |
| 平成10年 | 野田雅生弁護士、野田謙二弁護士の両パートナーが代表となり、野田雅生弁護士が所長に就任致します。 |
| 平成13年 | 野田純生弁護士が永眠致します。 |
| 平成18年 | 業務の分化及び人員拡充に伴い、 第一室(代表:野田雅生弁護士、中心業務:渉外、交渉) 第二室(代表:野田謙二弁護士、中心業務:交渉、訴訟) に組織変更し、それぞれが独自に責任を負う現在の体制となります。 |
| 平成20年3月 | 中央区日本橋本石町四丁目4番20号 三井第二別館301号室 (第一室)、303号室 (第二室)に 事務所を移転致しました。 |

